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やりたいこと/やってきたことの棚卸しをしてみた

昨晩、旧知のデザイナーさんと打ち合わせをしていたところ「最近、デザインを担当しているフリーペーパー巻末の占い記事を書く仕事もやっている」と聞いて、なぜだか無性にときめいた。
自分にとってその方は「優秀なデザイナー」のイメージが大きかったので、ぜんぜん違う仕事をしている様子にワクワクしたのかもしれない。

女性はマルチタスクタイプが多いと言いますが、とくに私は飽きっぽく新しいことに取り組むのが好きなため、同じタイプの仕事を繰り返しているとムズムズしてしまう。最近手堅く仕事をしていたものの、今新しく何かをやるとしたら何がやりたいだろう?と自分がやってきたこと、今やりたいことを棚卸ししてみた。

 

■今までやってきた(お金を頂いてきた)

  1. メディアアートの制作およびディレクションインタラクティブアート、VR、ロボット等)
  2. UI/UXデザイン(Web、スマホアプリ、ロボットアプリ)
  3. ライティング、文筆(文化やテクノロジーを中心としたコラム、取材・インタビュー等)
  4. プレゼンテーション、講演、対談
  5. リサーチ、コンサルティング
  6. 新規事業の企画開発
  7. TV/ラジオ/Webなどメディア出演
  8. 助成金申請などのペーパーワーク

■頻度は少ないがやったことある(お金を頂いたことがある)

  1. イベント企画運営(アカデミック、アート寄り)
  2. ワークショップ
  3. パフォーマンス、ライブ
  4. 司会
  5. DTP
  6. イラストレーション
  7. 映像制作・編集

■興味あり、やってみたい

  • 占い師(執筆含む)
  • 秘境ライター、旅ライター
  • デジタルファブリケーション関連案件
  • バイオデザイン
  • お祭り→今度やる(中野のお祭りのアートディレクター)
  • 地方の仕事今やってる(地方の土着文化をリデザインする仕事)
  • HIPHOP関連案件
  • 飲食店経営(イベント等で1dayでもいい)
  • バーテンダー、スナックのママ
  • 編集
  • メディア運営
  • 会社経営
  • 陶芸、工芸、彫刻
  • 金工、アクセサリー制作
  • Pythonプログラミング
  • ロボットのプログラミング(いずれにせよ今後やらねばならない)
  • 政治、地方自治
  • スクール運営
  • 音楽系イベント、フェス企画運営

■これまでの人生で一度やっており(お金をもらったことはない)、機会があればまたやりたい

  1. 楽器演奏(サックス、打楽器、ピアノ、ベース)
  2. 作詞作曲(小学生の頃やってた)
  3. 漫画(幼少)
  4. 油絵、水彩画(高校時代)
  5. 語学、翻訳(受験では英語が得意だったのに今では見る影もない)
  6. 映画監督(大学時代)
  7. MV制作(大学時代)

■勉強したことがある

  1. 社会学、メディア論、表象文化論(大学時代の専攻)
  2. 広告、コピーライティング

■才能があるかわからんから来世やりたいけど願わくば今世やってみたい

  1. ダン
  2. ラップバトル
  3. 格闘技、武道
  4. 演技
  5. ファッションデザイン

 

自分は「身体能力・運動神経のなさ」にコンプレックスがあるので(体育の時間は憂鬱だった)無意識に反射神経や運動神経を求められる活動を避けていたような気がする。
テクノロジーに絡んだ制作作業というものは昔から不思議と慣れ親しんでおり、今でもお金をいただける仕事として重宝している。何らかのメディアで言葉や情報を伝達する仕事もなぜだか多い(ちなみに自分のホロスコープを丁寧に読み解いてみると、仕事や社会的使命を司るエリアで情報伝達やテクノロジーの要素が強調されていたので納得した)。
今やりたいことは、言語やテクノロジーを介さないものづくり(工芸、彫刻など)や、店舗や街、地方などリアルな場に関わることのようだった。あとプログラミングを今更ながらちゃんと習得したい・・・

若干スピスピしい事を言うと、今は乙女座で水星逆行中なので、これまで習得したスキルや学んできたことの棚卸しをすると良い時期のようです。色んな人のバージョンを見てみたいのでやってみたらぜひ教えてくださいw

ライター業を気付けば始めていた

hatenablogに書いた記事が(たぶん)きっかけで、いろんな媒体で執筆業をちょくちょくやらせて頂くようになりました。

 

www.sensors.jp

www.recruit-lifestyle.co.jp

www.recruit-lifestyle.co.jp

mtrl.net

メディアアーティストでライターもやっているケースは意外と珍しいらしく、取材先で一緒になった方にたまに面白がられます。

昨年、見よう見まねで制作時のリサーチのメモやインタビューの覚書のようなものをはてなブログに書いていたけれど

etsukoichihara.hatenablog.com

etsukoichihara.hatenablog.com

何がきっかけになるかわからんもんだなあと思いました。
ソーシャルメディア廃人だったりメモ魔だったりで活字を書くこと自体は好きだったけれど、ライターやろうと思ったことはなかった。

向き不向きは正直わからないけれど、やってて勉強になるので(色んな人の話を聞けるし)しばらく継続してみようと思います。自分が考えたことをまとめられるのも個人的には気持ちが良い。

 

ライター業に興味がある方もいるかもしれないので、かじってみた感想を書いてみます。

普遍的な「聴く」「書く」「広める」のスキルが身につく

まず、「話を聞く」「文章を書く」「広める」ことは普遍的に使えるスキルなので便利です。
自分の活動のプレスリリースも書きやすくなるし、別のお仕事で出張したついでにその体験談を自分で書いたりすれば一粒で二度美味しい感。お仕事の相手にも広報に繋がるので感謝して頂けました。
インタビューで必要になるのは「傾聴力」だと思いますが、それはお仕事の打ち合わせでも必要になるものなので(クライアントさんが求めていることをヒアリングする)初対面の方から情報を引き出すスキル、というのはライター業に限らずいろんな職能において活かせるのが良いです。 

面白いインプットが得られるので刺激になる

あとは色んな人の話を聞けるので純粋に勉強になります。 取材対象になるのは得てしてメディアの掲載価値があるとお墨付きを頂いている方なので(コラムやエッセイだと違うけど)話を聞いているだけで単純に面白いし、記事としてまとめることでお話の内容をしっかり咀嚼して内面化できる。
他の仕事におけるアイデアや企画力にも繋がります。実際、企画仕事においてインタビューで得た知見が役立つことも多いです。

稼ぐ手段としては効率が悪そう

とはいえ、ライター業だけで食うのは大変そうだなと思いました。私は独立後にいろんな仕事をしているのですが(デザインや研究開発、講演、ワークショップなど)ライター仕事は案件の単価がべらぼうに高いことは稀なので(結構時間もかかるし)、これだけやって生きていくのは結構大変そう。文筆に強い思い入れがあるのであればぜひトライする価値はあると思いますが、自分の場合そうでもないので、面白い人にあって刺激を得たり、自分の体験を整理したり、発信したいことを広めるついでにお金ももらえる機会として捉えてます。直接ライターで稼ぐというよりは、他の色んな案件に活きてくる下地をつくる手段というイメージがあります。


ライターさんによっても色んな考えがありそうなので、色々と意見交換してみたいです。私は中途半端にかじっている感じなので、ライター極めてみるとまた違う地平が見えてくるんだろうなあ(ライターとしてスタープレイヤーになるとファンがついてオンラインサロンなど色んな媒体に展開できるイメージがあります)

ではではまたー

フリーランス一日目日記

noteでもご報告しましたが、5年間お世話になったYahoo! JAPANを退職してフリーランスになりました。

note.mu

最終日は、みなさんお忙しいところ、めっちゃハイクオリティな色紙などいただき感動しました。ありがとうございます!2枚とも社内のデザイナーさんが描いてくださったものなのですが、うますぎる。。。

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お礼に(?)Pepperを使ったデモをしたかったのですが、開始15秒でエラーを吐き出しました・・・いつかリベンジしたいです。

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昨日が最終出社日だったので、今日からフリーランス生活がスタートです。

会社員の頃から副業としてやっていた案件の処理、退職エントリ経由のお問い合わせ対応、請求書の発行などで今日は一日おわりました。。ヒェッ

でも、いろいろおもしろい案件のお問い合わせをいただき、生きていけそうな手応えを感じております。がんばります。

フリーランス一日やってみて気付いたことを、自分のメモがてら残しておきます。

①生活の自由度が上がりすぎて震える

朝何時に起きてもいいし、いつ家を出てもいいし、いつサボってもいいし、どこで働いてもいい・・・という圧倒的な自由!!を前にして、逆にうろたえましたw
夜に会社の近くに送別会があることもあり、結局会社員時代によくきてたWi-Fiカフェで今日は仕事をしてましたww慣習はつよいw
今のところは会社員時代の健康的な生活リズムを保ちながら働けそうです。5年間の繰り返しが身体に染み付いている。。

ソーシャルメディアの滞在時間がめちゃくちゃ増える

会社員の頃は、あんまり仕事中にSNS見たらいけないよな・・・という無意識のストッパーがあったのですが
フリーランスになると爆発的に滞在時間がふえましたwwずっといるレベル。SNS経由で仕事がくるし、まわるしSNS経由で拡散していくので、仕事ツールとして完全に欠かせない存在になりそうですw

③個人案件の対応可能な分量が爆発的に増えた

そりゃそうだ、という感じですが。

フルタイム自分の案件に使えるようになったので、「あ、これやりたい」と思った時に瞬発的に全力コミットできるようになりそうで、それは良かったです。

④案件ごとに、自分がどうコミットするか、どのスキルを使うか、を一生懸命見極める必要がある

会社員のころはある程度自分の職域がきまっていて、案件も仕事相手も安定していたのですが
フリーランスになると毎回はじめまして!なので、相手がどういう人で、どういう案件を頼みそうで、自分がどういうスキルセットを提供できるのか、ということを毎回すり合わせるのが個人的に新鮮でした。
いろんなお話がやってくる中で、どういう案件にどういう関わり方をするのが良いか、一生懸命試食しまくってる感じの一日でした。

 

とりあえず一日過ごした感想はこんなかんじです。明日はいったいどうなることやら!!!

これから色々やっていくことになるかと思いますが、引き続きよろしくおねがいいたします!

クリエイター育成支援事業、終わりました

一年間お世話になった、文化庁メディア芸術クリエーター育成支援事業が無事に終了した。

私が制作したのは「デジタルシャーマン・プロジェクト」という作品。Pepperの身体を利用して、亡くなる前の方の顔や身体のしぐさ、生活音、メッセージといった身体の痕跡をロボットに宿らせ、死後49日一緒にいることができるというもの。

Digital Shaman Project Concept Movie from Etsuko Ichihara on Vimeo.

 

成果発表会の様子 

 メディア芸術クリエイター育成支援事業は、これまで文化庁メディア芸術祭において、受賞作品もしくは審査委員会推薦作品に選ばれた若手クリエイターを対象に新しい作品の企画を募って、制作費の支援をはじめ専門家 からのアドバイスや技術提供・成果発表の機会の提供など、様々な形で選出された企画の具体化を支援する文化庁事業

そもそも応募のハードルが高めだが、昔から面白そうだなと思っていて、第18回のメディア芸術祭で審査委員会推薦作品に滑り込んだのをきっかけに存在を意識しはじめた。過去の採択者は真鍋大度さんやスプツニ子さん、ぬQさんなど豪華な顔ぶれが並んでいて、まさか自分が採択されるとは思っていなかったが。。

 

応募したきっかけ

数年前からやりたかった、あたためてきたテーマ(宗教とテクノロジーの接続)をやりたくて応募した。腰をすえて新作を作りたかったのと、美術教育を受けてみたかったので、大学院に行くことも検討していたが、
わざわざ学生に戻るより、同世代の最前線を走る同期と切磋琢磨し合えたほうがいいのでは!?と思ってクリエイター育成支援事業に応募した。
企画にはまったく着手していない状態だった。GWに友達と「こんなのやりたいね」と話していたプランを、締め切り当日にダメ元で企画書にまとめて(スケジュールが個展の時期とかぶっていて、なかなか着手できなかった)、それが全てだった。

支援を受けてみて

これまで会社員をやりながら、思いつくままor依頼をいただくままに短期的な制作プロジェクトを無計画にやっている状況が数年続いていたので
半年の計画を立て、締め切りに向けてある程度集中して制作しなければならないこの事業に腰をすえて取り組めたのは本当によかった。
思考の深度も深くなったし、予算が使えることで作品制作のアプローチもいろんなやり方が試せて、引き出しが増えた。これまである種「サラリーマンの余暇の遊び」的なノリで制作をやっていたが、事業をきっかけに「逃げ」や「甘え」がなくなり作家としての覚悟も決まった。もしやっていなかったら、と思うとゾッとする。

じっくりと新しいテーマについてリサーチをすることができたおかげで、これまでになかったタイプの仕事依頼も入るようになった(アドバイザーのお二人も仰っていたように私はこれまで『お笑い、ギャグっぽい、ネタっぽい』アウトプットが多かったのだが、今回の作品をきっかけに哲学や生命倫理に関わるような考察型のアウトプットを外部から期待されることが増えた)
自分がこれまで苦手だと思っていた作業領域(塑像造形や塗装、3Dキャプチャ、デジタルファブリケーションなど)もトライできて、意外とこういうの好きかも、と気付けた。予算があるので色々やれて、制作手段の食わず嫌いが減った。

スケジュールについて

実質半年でプロジェクトをある程度完成させる&予算を消化する必要があったので、ちょっと短いな、と思った。会社員の仕事との両立に苦労した。
私の場合は、作品のテーマ的にも技術的にも、これまでの延長ではなくゼロからスタートするプロジェクトだったので、まずはいろんな分野についてリサーチする必要があり、その手探りの期間はなかなか外部に形として見せられるものがなく、もどかしかった。自分のペース配分がOKなのか遅れてるのかわからなかった。
私は性格的にプレッシャーを感じやすいタイプだったのと、一人での採択だったので、初めのほうと、年明け~成果発表会前は不安でしょうがなかった(完成させられるのか不安で、朝起きる前にうなされていたりした気がする)

ただ、年明け〜成果発表会の間の期間は、自分でも驚くほどの推進力とエネルギーが湧いて(まだ未決定事項も多いけど、とにかく進めるしかない!!!!と尻に火がついた)
一気に追い込みして制作進行できたので、成果発表会というかたちで締め切り効果をいただけるのはありがたかった。

アドバイザーとの面談

私のアドバイザーを担当してくださったのは、ICC主任学芸員の畠中実さんとクリエイティブ・ディレクターの伊藤ガビンさんという豪華な顔ぶれ。ふわっとした企画を、ふわっとしている状態からうまい具合に具体化するための的確なコメントをいただけるアドバイザーのお二人で、ありがたかった。
私はちょいちょい制作の方向性がブレることがあったが、面談のおかげで最初のやりたかったことに立ち戻り、軌道修正することができた(『目指していたのはサービスと違うものだったのではないでしょうか』『でき上がったものが結果的に汎用されればいいのです』というコメントなど)。
私はアートの文脈のことがよくわからないので、畠中さんからアート文脈のアドバイスをいただき
ガビンさんからもう少しユーザー体験/エンタメ寄りのコメントをいただける、という良いコンビだった。
「市原さんの作品は面白いけど、お笑いになりやすい」と初回面談で言われたのを、今回の克服課題として強く意識して制作した(それまでほぼ無意識に笑いに走っていたし、むしろ絶対に笑わせなきゃいけないんだと思い込んでいた)
アドバイザーのお二人との共同制作という感じがしていた。

毎回の面談は面談レポートとして公開されるのだが、それも個人的にとてもよかった。始まりたての企画だと、コンセプトがまとまった文章やリリースも書きづらいので、中間時点での試行錯誤をシェアできる面談レポートはかなり有効だった。
誰かに協力を募る際に、面談レポートを送って企画説明をした。まだ制作途中なのに、メディアに取り上げられるという出来事も多かった。

費用について

こんなに費用を使い切れるのか、と初めのほうこそ不安だったが、最終的にはむしろ使いすぎて自己資金に食い込み始めたので、人は慣れるものだなと思った。
簡単なルールが最初のうちは理解できず「こんな項目に使っていいのかな?怒られないかな?」とこわごわ使っていた気がする。利用規則自体は非常にシンプルだったので、要点を最初にざっくり教えてもらえるとよかった。(12月ぐらいにやっと理解した)

成果プレゼンテーション

一年の成果発表として計画されている成果プレゼンテーションも、とても楽しかった。はじめて同期クリエーターの作品を観ることができ、こういうことをやっていたのか!!とびっくりした。姫田さんのプレゼンテーションが最高すぎて、緊張がふっとんだ。

もうちょっと関係各所に告知をすればよかったな(知り合いのメディア呼ぶとか)と思ったが、自分含め、うまくいくか/完成しているかわからない新作なので、質を保証できず、それを恐れてあまり大々的に告知をできないふしもあった。当日までブラックボックス・・・。
今思えばもったいなかった。

展示ありだったのは大変だったけど、個人的にはよかった。
当日撮影した写真が後から役立ったりもしたし(テレビ出演時とか)、追い込みで制作の勢いがついているうちに、展示セット一式をこしらえることができた(後から別の出展で使いまわせた)。
お客さんとのコミュニケーションをとれたのも良かった。3331は家族連れとかいろんなタイプのお客さんがいたので。見に来てくれた知人友人や取材メディアとも、時間にゆとりがあるのでゆっくり話せた。プレゼンだけのプログラムだとこうは行かなかったと思う。

現時点での完成度

現状、Phase1はだいたい完成した、という状況(やりたいことの核が伝わる動くプロトタイプ開発、コンセプトムービー制作、ビジュアルプロデュースの完了まで)。
本当は人工知能の登用までいけると良かったが、現状、自分がやりたいことができるほど技術シーズが発達していないと判断したため、今回は切り落とした。

Phase2は、事業として展開できる(VCから出資なりオーダーなりを受けられる)ようなアプリケーションとしてしっかりと成立させるために
・コンセプトである49日間のプログラム構成を完成させる(今は短縮版デモのみ)
モーションキャプチャーを反映させるしくみを実現
までやりたい。(だいたい今年の6-7月ぐらいまで)

Phase3
人工知能をアプリケーションに利用する
音声合成技術を使えるのであれば、それを登用
・人格の売買をできるストアを開発する
(今年11月ぐらいまで・・・?)

 

今後の作品発表について

元旦に朝日新聞で取り上げられたのをきっかけに、テレビの取材依頼がいろいろ来ているため、まずはメディア対応を水面下で進めている。直近だと、フジテレビの「アーホ!」で過去出演作家の新作として紹介していただきました。

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事業を終えて

プレッシャーはかかるけど、自分にプレッシャーを与えてちゃんと新作を作りたい!!という方にはすごくおすすめの事業でした。運営のみなさんもすごく親切。

これまでのメディア芸術祭で何かにお名前が入っている方は、ぜひ応募を検討してみてください!相談とかもお気軽にどうぞ。

(本文は、事業運営のためのアンケート回答を元に再編集しています)

2015年の活動ログ

今年があと数時間で終わる。。

そういや今年何をやっていたんだろうと思って、今年の活動をまとめてみました。


メディア

【Web】

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あらゆるものをセクハラ化!市原えつこさんに聞いた作品と未来のお話 http://jp-ueda.com/archives/1565
Pepper開発者騒然! おっ◯い搭載ロボット「ペッパイちゃん」がヤバい【追記あり】http://kai-you.net/article/15632
おっぱいロボ爆誕 ソフトバンクPepperにセクハラする市原えつこさんが天才すぎて腹筋壊れた http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/326/326883/
市原えつこ「セクハラ・インターフェイス」のルーツを語る 性と身体を巡る表象とテクノロジーの出会い
【前編】http://www.sensors.jp/post/ichikawa_1.html
【後編】http://www.sensors.jp/post/ichihara_2.html
セクハラ事案生成ロボ「ペッパイちゃん」 笑いと罪悪感:朝日新聞デジタルhttp://www.asahi.com/articles/ASH6371W7H63UEHF01C.html
エロと性暴力の間 「ペッパイちゃん」の無邪気(これは取材じゃないか・・・)http://bylines.news.yahoo.co.jp/ogawatamaka/20150609-00046455/
乳首搭載ロボ「ペッパイちゃん」はなぜ炎上したのか 作者が明かす制作の背景 http://wotopi.jp/archives/23877
ペッパイちゃん」開発者、市原えつこさんが“性”を表現する理由とは? http://laundrygirl.jp/articles-033
【森翔太のサシ飲み】おっぱいロボ「ペッパイちゃん」作者の美人アーティストと乾杯 http://sirabee.com/2015/08/13/45327/
タブーに切り込むメディア・アーティストに聞いた、「一緒に仕事をしたい」と思われる“理系”の人材像 http://discover-online.jp/interview/326

人工知能は悟れるのか?」光明寺 松本僧侶×東大 松尾豊 研究者対談 http://www.sensors.jp/post/salon_ai2.html
「あなたは人工知能と恋愛できますか?」アーティスト市原えつこが創造する未来の恋愛 http://www.sensors.jp/post/salon_ai3.html

【TV】

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・みえちゃったTV(フジテレビ)
・SENSORS 人工知能対談(日本テレビ

【雑誌】

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週刊プレイボーイ
・a day magazine(タイのカルチャーマガジン)

展示

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文化庁メディア芸術祭(作品資料映像のみ)
ニコニコ超会議(ペッパイちゃんをあの手この手で展示)
【超会議2015】ペッパイちゃん緊急参戦! ロボットおっ○いをもんできたhttp://kai-you.net/article/16171
  人間らしいロボット達の世界「ニコニコ超会議2015」 http://www.sensors.jp/post/nico_cho.html
大阪のアートフェスティバル「ツムテンカク」(招聘作家として展示)
http://kai-you.net/article/16981
市原えつこのさわやか秘宝館(一日限定個展)
Engadget例大祭:ペッパイが迎える「さわやか秘宝館」、ユニークな展示物とにじみ出る体験者の個性 http://japanese.engadget.com/2015/05/31/engadget-egfes/
ガジェット界の一大祭典「Engadget 例大祭」が盛り上がる理由 http://www.sensors.jp/post/engadget.html
鞆の津ミュージアム「障害(仮)」
http://www.cinra.net/news/20150809--shougai

 

イベント、講演など

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成蹊大学「広告と市場」(一コマ講義)
VRクリエイティブアワード(司会 with ペッパイちゃん)
   http://www.vrsj.org/report/6953/
ろくでなし子×市原えつこ「怒り過ぎの世知辛い世の中でも楽しく自由に表現するには。」 『私の体がワイセツ?!』(筑摩書房)刊行記念 http://bookandbeer.com/blog/event/20150712_bt/
  ろくでなし子がネット炎上を語る「名前や活動が知れ渡るので美味しい」 http://dailynewsonline.jp/article/992719/?page=all
触覚ハッカソン「ショッカソン」(審査員)
  最優秀賞は「触っちゃダメ」!〜落合陽一らが"触覚の可能性"を審査!ショッカソン2015http://www.sensors.jp/post/shockathon.html
シブカルスター誕生祭(審査員)

春画ナイト(対談)

InterBee VRセッション(パネリスト)
ニコニコ学会βファイナル(マッドネス司会)

採択

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文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業(デジタルシャーマン・プロジェクト)
  面談レポート
  http://creatorikusei.jp/?p=2511
  http://creatorikusei.jp/?p=2555
  http://creatorikusei.jp/?p=2605

 

ちゃんと情報をまとめていなかったので、ようやく俯瞰できた。。

来年は情報更新をマメにやります。

良いお年を!


右足を骨折しました

骨折療養生活


右足を骨折しました★
小学生の頃にブランコから落ちて利き腕の左腕を折った時以来だ。。

経緯としては、
会社にて、PCで他の連絡を確認しながら面談に向かうために階段おりてたら
最後の一段を見落として、大きく踏み出してしまい転落。
しかもPCを咄嗟に守っちゃってうまく受け身がとれず、変な風に足を打ってしまった。。
(PCより自分を守れよ!と思うものの、MacBookが大破したらそれはそれで危なかったので、まあ良かったのかもしれない、、データ復旧の手間的な意味でも、、)

痛みから直感的に「なんかこれはヤバイのでは?」と思いつつ、産業医の応急手当をはさみながらそのまま普通に楽しく打ち合わせ2件をこなす。
ああPC持って席に戻るのだるいなあ、と最後のMTG終了後、しばらくその場から立ちあがれずに作業してました。
本当はその日に楽しみにしていた飲みもあったのだけど、歩行困難なのと酒飲むと腫れが悪化しますよー、と産業医に言われていたので、やむなくリスケ。
その日はなんとか我慢して徒歩で帰宅したものの、めっちゃ激痛。通常なら駅まで徒歩5分の距離に、倍以上時間がかかりました。


しかし東京、みんな足が速いね!
駅とか、公共交通機関の乗り換えがこわかったです。ビジネスマンには当たり前のペースだけど、ご老人にとっては大変だろうなあ。。と改めて気がついた。
家についたあと、予想以上に足が赤黒く腫れているのと、昔骨折したときと痛みの種類が似ていたため、嫌な予感がよぎる。トイレも着替えも風呂もしんどいので、化粧落としと歯磨きぐらいの最低限の身繕いをして就寝。

翌日は会社は午前休をいただき、近所の外科を探して診療を受けました。が、徒歩5分の距離が、地味にしんどい。。
まあ、とはいえ捻挫ぐらいだろうなと思っていたので、気楽な気持ちでレントゲンの結果を待ってました。
平日午前の外科はおばあちゃんでいっぱいで、作品のモデルになってくれないかな〜、と思いつつ。

お医者さんに、「右足の立方骨に傷が入ってますね〜。骨折です
と軽やかに言われ、
「え??骨折なんですか?w」と2回聞き返してしまったw
予想外すぎて逆に面白くなってしまいました。まさかの展開すぎて笑ってしまった。

 

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そのままあれよあれよというまにギプスを巻かれ、自分の足に合わせて固定し、だっさいギプス用シューズをもらい、松葉杖2本が登場してリハビリ師の方に松葉杖講習を受け、労災の処理なんかを聞きつつ病院を出る。ギプスがつくと確かに痛みがかなり減りました。すげー。

面白すぎて速攻でSNSや会社の連絡網に投稿したら、普通に心配していただいて申し訳ない気持ちに。。
なんかこれまでお世話になった方々が一挙に連絡してくれるので、ちょっとした同窓会気分になりました。
楽しみにしていた予定とかも延期になったりで、あああーーって感じ。。

しばらくは外食もままならんだろうな、と思って帰りしなにスーパーで食材を買い込んだのですが、松葉杖だとそれも大変。
でもレジでお店の方がいろいろ気遣ってくれて、ありがたかったです。松葉杖生活、人の優しさにも触れられるのは良い。

その日の午後は自宅勤務に切り替えて仕事をしていたのですが、さすがに骨折と判明した直後なので、ちょっとショックもありやる気が起こりませんでし た。。。;;あと普通に労災とかの処理とかも調べなきゃで大変だった。まともに仕事できないことに凹んでたら、会社の後輩が療養中で、近い立場からの励ましをいただいて勇気をもらえた。
この日は17時ぐらいになってからようやく仕事ができる状態になった気がするw

という壮絶な流れで三連休を迎えましたw
実は先月行った占いで、「守護霊があなたの足を折ろうとしてました。放っておくと突っ走っちゃうから、動けないようにして自分のことを考える時間と静寂を与えようとしてた」的なことを言われた矢先だったので、あーそれなんだろうなぁ、と受け止めてます。
文化庁の支援事業に採択いただき、今年の後半は仕事と並行しながらずっと制作プロジェクトを進めていて、暇さえあれば制作やらねば!!!と焦って走り続けていたし、もともと緊張しいの割にメディア出演やイベント登壇対応が多く、ずっとアドレナリンが出まくる日々だったので(とはいえ楽しんでましたが)
久しぶりにぽっかりとあいた時間に最初は不安とともに、一抹の安らぎを感じた気がする。いろんなプレッシャーからいったん離れてゆっくり静養できるので。
が、一日それをやったらもう飽きましたwwwスローライフが好きだったらわざわざ東京なんて住んでないよ!!って気づいた、私は濁流のような刺激の多い日々を愛していたのだと思います。
移動して色んなところにでかけたり、人と会ったり、好奇心のままに行動するのが好きだったのだなあと改めて気付きました。翼がほしいwwRed Bull飲むか。。

松葉杖生活はだいたい4週間とのことです、経過にもよるそうですが。
とりあえず今は自宅で療養しつつ、少しずつ仕事にもならしていこうかなという感じです。歩けなくはないので近所の散歩ぐらいはできてます。まだしんどいけど。公共交通機関が若干ハードル高いな、、
制作追い込みの時期にまじかー!!!って感じですが、まあ少しずつ生活に慣らしていきます。

重要なお知らせ:ほしいものリスト公開しましたww

amazonウィッシュリストを作成しましたw

www.amazon.co.jp


差し入れいただける神様がいらっしゃいましたらぜひ。

喪のプロセスの成功と失敗、仏教葬儀の優れた設計思想(2)

etsukoichihara.hatenablog.com

前回の記事の続きです。

大手広告代理店で働きながらも、僧侶としての顔も持っているOさんに、日本の葬送について様々な観点からお話を伺った際の記録です。

死を受け入れる手がかりとしての遺体

「日常的に死を意識したことはありますか?」という問いに対して。



仕事や恋愛のあれこれが原因で自分の存在を続けるのつらくなったとき、死を意識することはあった。
普段は遠くに見える、生死の臨界点が、自分が弱った時には見えるところに近づいている感じがあった。

あとは御巣鷹山JALの旅客機が墜落し、多くの乗客が亡くなる事件があったのだが、
岩波書店の「世界」という雑誌でその事件についての記事が出ていたのが印象に残っている。「喪の過程」っていうタイトルで。
死を予感していない人が旅客機事故で一夜にして大量にいなくなる。その際に遺族が、いかに死を受け入れがたく、死を受け入れるのに苦労するか、ということを追いかけたドキュメンタリー。

決定的なのは、爆発的な事故で、遺体が見つからないということだった。
死亡者名簿に登記されているし、死んでるはずなんだけど、それでも諦めきれない。
なんかの間違いで名簿に載ってしまったんじゃないか、と考えて、必要以上に遺体を探してしまう。
旅客機が山奥に落ちて、それを捜索隊が探して収容して、事故現場からいちばん近隣の町の中学校の体育館に遺体をどんどん置く。
ひどい事故で、総じて五体満足の遺体がいない。ほとんどがばらばらになっている。
しかも夏場で腐敗臭が出るため、ドライアイスでどうにかしのぐ。町中異臭が漂っているのだけど、しかしそれを簡単には片付けることができない。
なぜなら、その部分と化した遺体の中に「自分の家族の部分を見つけられるのでは」と思い、そこをさまよい続ける遺族が後をたたないから。
実際、他人の胴体の中から、ぜんぜん関係ない人の頭部が、めりこんで発見されたりする。
歯医者の治療の記録で奥歯の歯型を照合したりしながら、遺体を特定する作業が続いた。

このドキュメンタリーは、人が死んだら死を受け入れないと、現実の生活がつらくなる、という自分の仮説をすごくよく補強した。
死んだあとに確認するのはつらいけど、やはり確認したい。
ひたすらに亡くなった両親、息子、夫、のからだを探し続ける。探したらそれを手がかりに死を受け入れられるから。
「探したらあるかも、もしかしたら死んでいないのかも、生きているのかも……」と希望を捨てられない状況に、人は耐えられない。だから、とどめをさしたいと思うのだろう。それを明確に意識しているかはわからないけれど。


喪の過程という原稿を書いていた人は、遺族が、自分の代えがたい存在の死を現実として受け入れるための手がかりとして、遺体を求めていた、というスタンスで書いていた。
遺体を探すプロセスだけではなく、そのあとどういうふうに葬儀をしたか、という話もあったが、基本的には、遺体を執拗に探す遺族の姿が描かれていた。
火葬もそうだが、その人の身体が完全になくなる過程を確認する、みんなで共有する、というプロセスは重要なのだろう。

時代のエリートが洗練させてきた、葬送のシステム

一般的な仏教にのっとった葬送の仕組みは非常によくできている。
通夜があって葬儀があります、という風に広く告知を出すことによって何が避けられるか。
家族葬だからいいや、ってお知らせも出さないでいると、
後から「死んじゃったんですか!?」って親しかった友人たちが家に来ちゃう。線香あげさせろって。簡単な話だけど「亡くなったことを知らなくて、驚きました」「手を合わさせてください」と週末ごとにピンポン、ピンポン、、とチャイムを鳴らす来客が来ることになる。これがいつになっても終わらない。一斉にやってないから。これでは遺族も気が休まらない。
だから社会的な手続きとして、通夜があり、葬儀があり、初七日があり、四十九日があって、彼岸があって、盆があって一周忌があって、三回忌があって、という風にやっていくのはすごく合理的。
最初の一年で、死んだってことを社会的に認知させることが大事。親族にとってもだし、仕事で縁があった人に対して、最初の一年でイベントを徹底して告知して人を集めていくほうが、効率がいい。ここで効率がって言葉が出るのもおかしいけどw

仏教思想の葬儀というのは、長い時間をかけられているのと、サイエンスより宗教的な論理がメインストリームだった時代にその時代エリートが集まって組み上げたシステムだから、やはりよく出来ている。時間の流れに鍛えられて、非常に意味のある手続きになっている。今普通にサラリーマンとしてやっていると、まーわかんないし、接触もしないけど。
最近はお葬式やるときに遺族と寺、という関係だけじゃなくて、葬儀屋という母体が入り込み始めたのだけど、葬儀屋が逆にそのルールをぶっ壊しているふしはある。
金儲けのために色んなもんくっつけてくるから。披露宴で、もともとなかったサービスをのっけることで客単価あげるのと一緒。あれと同じ仕組みで葬儀の単価をあげている。本来なら信仰とか宗教に関係ないものまで盛り込まれている。
仏間のような空間は、極楽浄土を再現するというコンセプトで非常に華美になっている。仏教的な倫理と価値観を空間で表現しているから。
で、本当はわざわざ葬儀屋側で舞台装置を変える必要ないんだけど、わざわざプラスチックのししおどしなんかを持ってきたりする。宗教としての必然性じゃなく、葬儀屋が儲かるためのオプションとして。
もちろんみんながみんながそうじゃないけど、葬儀屋と寺は実はあんまり関係ない。
おんなじ現場で仕事はするが、寺が葬儀屋に発注することは基本的にない。あくまで喪主が葬儀屋に発注する。位牌をふたつください、みたいなのはあるけど。喪主との関係で儲けを大きくしようと思って、舞台装置を大きくするシステムになっている。
かつては檀家さんとの間で葬儀の妥当な料金体系を決める、中間的な組織を持っていて、そこと合議で料金体系きめるようになっていたのだけど。

あと、かつては葬儀を寺で完全に執り行っていたから、戸籍の管理は寺がやっていた。葬儀をする際に、こういう家系で、というのを寺が一通り整理するから、戸籍管理の機能を寺が持っていた。
地縁の関係で家と寺が結びつき、お墓が寺の墓地を持っていて、そこ墓に入る家系の葬儀を代々その寺がやっている、みたいな関係があった。
しかし高度経済成長でそういった関係が薄くなり、檀家と寺の関係が見えにくくなる。
それを2代3代と続け、サラリーマンが都市のマンションに住んで、ってなると、あれ、死んだら誰に拝んでもらえばいいんだっけ?という風になる。

ファスト風土における葬儀の簡略化、それに耐えられない人間の弱さ

こういう風に喪のプロセスが機能せず、勝手な形で人を弔って終わりにすることが最近増えていっている。葬儀屋に電話して安く済ませようとすればいくらでも安くできる。寺に所属しないフリーランスのお坊さんを派遣してもらえるし、葬儀の舞台装置は葬儀屋が整えてくれる。
一番安いセットだと、お墓も作らないで、共同で遺骨を入れる場所に、全然関係ない他人の骨や他人のペットの骨なんかと一緒に収納されたりしてしまう。
しかし、そうやって自分の親を弔うと、自分が年老いて自らの死をイメージした時、自分の子供に同じように弔われるのじゃないか、という恐怖感がその人をだんだん蝕んでいく。
ちなみに、千葉ではそれに端を発した精神病理が東京より多そうと聞いたことがある。
世間に対してアナウンスし、葬儀を行うことには確かなベネフィットがある。大事な誰かが亡くなったという痛みを現実に定着させることが、自分が年老いて、死に近づいてきた時の安寧になる。老いて、社会的な存在感がシュリンクしていった時の、心の支えになる。
直近で安くすむしー、と、金銭的な理由だけで済ませてしまったり、経済的/教養的に水準が低い選択をとってしまうと、それが後からその人を苦しめることがある。それが起こりやすいのが千葉なのかもしれない。都心じゃなくてやや郊外、いわゆるファスト風土的な、しまむらとイオンがあって、みたいな。教育水準が低く、亡くなった方に対して敬意をもって弔うということの意味がわからない家庭が多いということか。

手続きを踏んで弔うことの意味、それは事務的にも倫理的にも情緒的にもいろんな価値や意味がある。
しかしそれを経験していなかったり考えなかったりすると、自分の肉親を手厚く弔ったことにより救われた、みたいな体験を経験できない。
なんでこんな金と手間がかかるんだという風に思うかもしれない。
ただ、自分は樹海で野垂れ死にして鳥が啄むにまかせてもいい、と割り切れるのならいいけど
自分も他人のペットと一緒に3万円で埋められるかもしれない、ということに耐えられるほど、人間は強くないと思う。

死や弔いを問うこと

最後に、今作っている作品についてアドバイスを頂いた。


今の人は人が死んだとき、弔うことを考えない。金銭的なところだけ合理化して、後で心が収まらない、ということが増えていっている。典型的な不幸な事例である。
人が死んで弔うってのはどういうことか、という意味を問わなくなっている。
今あなたが作っている作品は一見グロテスクだが、その意味を考えるきっかけになるのならいいのでは。
「死者を弔うことは情緒的にも、社会的にも経済的にも意味があり、それをわきまえてやるべきだ!」と真正面から主張するのは説教臭いけどw、作品としてやると説教臭くならないし。
表現そのものはグロくても異物感があってもかまわなくて、
人が死んで、それを弔っていくことの意味を問えるのであれば、それは意義深いのではと思う。